夢枕獏&谷口ジロー『神々の山嶺』

日本の漫画はもはや文学の一分野と言って過言でないと私『理屈コネ太郎』は思っている。

この漫画は、夢枕獏の巧みなプロットと、谷口ジローの陰影コントラストの効いた筆致によって素晴らしい作品に仕上がっている。

登山家とは、革新的なルートで山の頂を目指す者だけが名乗れる職業名だと、K2登頂経験を持つ登山家、服部文祥が何かの本で書いていたか、取材で喋っていた。

つまり、それ以前には誰も成功した事がない、新しいルート、より簡素な装備、より厳しい季節に登頂を目指す者こそが登山家を名乗れるのだ。

知の人跡未踏地を目指す者だけが研究者と評価されるのに似ている。

本作の主人公は、国内外で登山家と呼ばれるに相応しい活躍をする。その後、ある出来事をきっかけに日本の登山界から姿を消す。

そしてある時、ある山に、ある季節、あるルートから、ある装備で登頂しようと思い立ち、計画する。その計画は、その山を知る者ならば”無理ッ”と思う内容だ。

その計画のため主人公は、人生の多くを捨てて雌伏の時期を海外で過ごす。やがて日本の登山界から忘れられた存在になる。

その間、彼は注意深く肉体を極限まで鍛え上げ、友を捨て恋人を捨て世間を捨て、何度も計画をシミュレーションし実査を繰り返してきた。自分がこの世に生きた意味をその計画に見出したのだ。

その計画を思いついたその時から、彼は全ての行動をその計画の実行につながるように注意深く選んできた。

また物語冒頭から、エベレスト第一登頂者は誰なのかという謎が絡んでくる。

この謎の鍵となる物品の出現をきっかけに、主人公の登山スタイル、生き方から目を離せなくなる第2の男が登場する。

第2の男は、主人公が全てを賭けた最後の登山に随行したいと願い出る。

主人公は互いに危機が迫ってもお互いに助け合わない事を確認して、男の申し出を受け入れる。

主人公が目指すのは単独登頂なのだ。主人公が第2の男と助け合っては単独登頂にならない。

単独登頂と認定されるには守るべき基準があるからだ。

本作の主人公は、子供の頃から行動原理が完成している。成長し大人になり、社会人になっても子供の頃からの行動原理は変わらない。

物語の主人公がこの特質を持つ例は多い。当サイトでは2020大ヒット韓国ドラマ『梨泰院クラス』の主人公パク・セロイ(当サイト内当該頁を開く)、真鍋昌平著『闇金ウシジマくん』(当サイト内当該頁を開く)の主人公丑嶋馨に理屈をコネてきた。

例外は『理屈コネ太郎』が韓流ドラマ最高傑作として推す『チュノ』(本サイト内当該頁を開く)の主人公イ・テギルだ。イ・テギルはある事件を契機に全く行動原理を大幅に修正する(ように見えるけど、もしかしたら変わってないかも…)。

本作『神々の山嶺』の主人公は、その完成した行動原理ゆえに、周囲と軋轢を生じ、また突きつけられた厳しい現実によって罪を背負わざるを得なくなる。

そして彼は、自分の行動原理を貫くために、他者から学び、自分を鍛える事を厭わない。決して虚言は吐かないが、ライバルを出し抜く事も平気だ。

自らの企てが失敗に終わる可能性があっても、その可能性を現実として受容し、そのうえで成功可能性を高める行動をとる。

本当に苛烈な主人公の過酷な物語だが、決してこの男の全てが殺伐としているわけではない。

心を通じ合った老シェルパの友や、異国の地で女性と愛し合い子も設ける。

日本から尋ねてきた嘗ての恋人に見せる誠も見事だ。

友情や慈しみも知る主人公なのは、読み手にも救いだ。だがそれでも、主人公は自分の行動原理に駆り立てられずにいられない。その情熱に、彼を愛する人達ですら彼の苛烈な行動を受け入れざるを得なくなる。応援しないではいられなくなる。

自分の人生を価値あるものにしたいと願う者なら、一度は読んで欲しい作品。

学ぶ事、感じる事が多くある筈。そして勇気を貰えること間違いなしだ。

過去を背負い、未来を企て、リスクを極限まで怖れつつ受容し、他者から学び、自らを鍛えれば、結果の成否などは埒外で良いのだ…と、『理屈コネ太郎』は本作から学んだ気がする。

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