山本周五郎著『赤ひげ診療譚』

唐突だが、赤ひげは個人経営の開業医ではない。個人経営の開業医とは、自身のファイナンスリスクを背負いながら、医学的判断と遂行を担う立場をいう。本書で描かれている本物の赤ひげは公立医療機関の病院長か診療部門長か、とにかくわりと偉い人だ。

巷間に流布している赤ひげのイメージは、徒手空拳で病気と貧困に立ち向かう、厳格だが寛容で崇高な人柄の孤高の開業医である。医は仁術の体現者である。

文豪山本周五郎が創作した赤ひげは、もっと複雑で老獪なヒューマンだ。清濁併せのみつつ、世の在り様を受け止めながら、しかし自身の理想の実現を諦めないような人物だ。

また本書で描かれる医療に纏わる様々な事象と顛末は、現代でも殆ど通じる内容である。赤ひげ診療譚は1959年頃にスタートした長編小説である。実に60年前の内容なのだ。山本周五郎の洞察力と筆致力にはもう感服するしかない。

因みに山本周五郎は1903年生まれだから、50代後半の作品だ。まさに脂ののったキレッキレの頃だったのだろう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です