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新造人間キャシャーン|ルナが戦い続けた理由とその愛
たとえ愛する人が人間でなくなっても——あなたなら、その隣に立ち続けられるだろうか。
1973年から放送されたタツノコプロ制作のTVアニメ『新造人間キャシャーン』。この作品は、孤独な戦士キャシャーンと、彼のそばで共に戦い続けた少女・上月ルナの、壮絶で切ない愛の物語でもあります。ロボットと化した東鉄也=キャシャーンと、生身の人間でありながらも彼と共に死地を潜り抜けるルナ。その強さと覚悟、そして揺るぎない想いは、昭和アニメという枠を超え、今なお多くの視聴者の心を打ちます。
本記事では、キャシャーンというヒーローの誕生から最終決戦に至るまでの物語をたどりつつ、上月ルナというひとりの少女が、なぜ戦いを選び、そしてどのように愛し続けたのかを掘り下げていきます。
新造人間キャシャーンの世界観と物語の始まり
『新造人間キャシャーン』は、1973年10月2日から1974年6月25日まで放送された全35話のTVアニメである。舞台は欧州を思わせる謎の場所で、世界的ロボット工学の権威、東博士が作ったロボットが雷撃によって狂いだし、自らをブライキングボスと名乗り、多数のロボットで構成されるアンドロ軍団を配下に従え、人類を攻撃し始める。人類の危機を救い父の名誉を雪ぐため、東博士の1人息子東鉄也は、二度と人間には戻れないと知りながら、アンドロ軍団を倒すために新造人間という超強力な体に生まれ変わって戦うという物語。以下ネタバレあります。
有名なナレーションと主題歌
「たったひとつの命をすてて、生まれ変わった不死身の体、鉄の悪魔を叩いて砕く、キャシャーンがやらねば誰がやる」との有名なナレーションは、番組冒頭でピアノの不協和音を背景音楽として流される。そこから、主題歌に入っていくが、その主題歌の歌詞にも「夢も希望も昨日に捨てて戦うだけに生きていく」とある。
このアニメの世界観を巧みに表現したオープニングであり、とても子供向け番組とは思えない出来栄え。「絶望」「孤独」「戦い」「葛藤」「一縷の希望」そういう要素を強烈に視聴者に伝えている。
キャシャーン誕生と仲間たち
人類の防戦一方の戦況を目の当たりにした東博士の息子の鉄也は、二度と人間には戻れない事を覚悟のうえで無敵の新造人間キャシャーンとなり、ロボット犬フレンダー、幼馴染の上月ルナと共に、人類に再び平和を取り戻し父の汚名を雪ぐため、アンドロ軍団に戦いを挑む。
新造人間となったキャシャーンの強さは凄まじく、ブライキングボスをはじめロボット軍団のどの機体よりも圧倒的に強い。しかし、キャシャーンのエネルギー源が太陽の光である事から、夜間の戦闘などで脆弱さを露呈する事もある。
そんなときは、ロボット犬フレンダーが強い味方になってくれる。飛行機や潜水艇やバイクの様な乗り物に変身してキャシャーンの移動の手段になるだけでなく、フレンダー自身も高い戦闘力があり、また、フレンダーはキャシャーンになる前の鉄也の愛犬ラッキーに似せて作られたため、キャシャーンの心の慰めにもなった。
上月ルナとMF銃
また、鉄也の幼馴染の上月ルナは、ロボットだけに殺傷効果があるMF銃でキャシャーンと共にロボット軍団に立ち向かう。ルナの父は電子工学の世界的権威で、アンドロ軍団に立ち向かう鉄也のためにMF銃を完成させたのだ。
当初、ルナには自分が新造人間になった事実を隠していた鉄也は、自分はキャシャーンという名の鉄也によく似た別人なのだ…と言い張る。しかしロボット軍団との戦闘でキャシャーンの凄まじい戦闘力を目の当たりにしたルナには、もはや自分が生身の人間ではないと告げるしかなかった。かつて鉄也であった自分はアンドロ軍団を倒して父の汚名を雪ぐため、2度と人間には戻れぬ覚悟で強烈な戦闘力を持つ新造人間キャシャーンになった。だからもはや自分は鉄也ではないのだと告げる。
キャシャーンとルナの絆
そんなキャシャーンにルナは、自分もキャシャーンと一緒にロボット軍団と戦うと主張する。孤独な闘いと思い定めていたキャシャーンはその申し出を断り、アンドロ軍団に殺害された亡き上月博士が残したMF銃で身を守りながら他国に逃れろとルナを諭す。
ルナは、上月博士はMF銃はロボット軍団と戦う鉄也さんのために作ったものだと言って、MF銃をキャシャーンに手渡し、自分は1人モーターボートに乗って別れを告げる。上月博士の考え、ルナの想いに打たれたキャシャーンは先回りしてルナを海上で待ち構え、ルナ、死ぬときは一緒だ!と言って共闘を誓うのだった。
スワニーとの出会い
あるとき、キャシャーンとルナは東博士が白鳥に似せて作ったロボットスワニーと出会う。スワニーは愛玩ロボットとしてブライキングボスの傍にいる。そしてスワニーの電子頭脳には、東博士の妻、鉄也の母であるみどりの記憶と精神性が移植されていた。
スワニーは眼からの光線を中空に放ち、みどりの姿を映し出し、みどりの思考や心を表現する事が出来た。スワニーは、アンドロ軍団の中の情報をキャシャーン達に届ける事もする。
戦いの結末
度重なる激しい戦闘を乗り越えて、幾度もの絶体絶命の危機を潜り抜け、ついにキャシャーンはブライキングボスを破壊する事に成功し、アンドロ軍団を壊滅させる。キャシャーンの働きで、人類に平和が戻ってきた。
東博士の科学力で、スワニーの電子頭脳からみどりの記憶と精神性がみどりの肉体に戻され、ふたたび1人の人間としてみどりはかつてのように生活できるようになる。
理屈コネ太郎の推測
ここから先は理屈コネ太郎の勝手な推測だが、そのスワニーからみどりに戻る現場を目の当たりにした上月ルナは、キャシャーンもまた人間の東鉄也に戻れる事を期待したに違いない。
死ぬときは一緒と誓いあったあの時から、ルナは常にキャシャーンのそばにいて、生死を共にしてきた。ルナの心の中に、鉄也への慕情がなかったはずがない。キャシャーンと共に戦う事をルナが熱望したのは、鉄也への思慕があったからだ。
そしてまたキャシャーンが自分は鉄也ではないと言い張ったのは、ルナとの相思相愛をもう育む事ができない事実を告げたくなかったからだ。人間でなくなった鉄也はルナを愛せない。
アンドロ軍団に父を殺された恨みだけで歩めるほど、ルナにとってキャシャーンと歩んだ修羅の道は生易しいものではなかったはずだ。
潜り抜けた修羅場のあとの安らぎのひと時のなかで、ルナは鉄也の温もりを感じたいと何度も思っただろう。
ありがとうルナ。よくやったねルナ。助かったよルナ。
そんな言葉を囁かれたかっただろう。いや、キャシャーンはもしかしたらそうした言葉をルナに伝えたかも知れない。
であれば猶更、ルナは鉄也の胸中に自分と同じ情熱が燃えていると知りたかったはずだ。
死ぬときは一緒だと言ったキャシャーンの心に、ルナと同じ気持ちがないはずがない、ルナはそう信じたはずだ。
そして、キャシャーンが鉄也に戻れたならば、鉄也の胸の中で、その胸の奥で燃える情熱を感じたかった。
最後に
だが、タツノコプロはご都合主義は許さない。テッカマンでも、ガッチャマンでも、甘っちょろいエンディングにしなかった。テッカマンは旅立つ仲間を敵襲から守るため一騎宇宙に飛び出して戦った。ガッチャマンは地球を守るために、死ぬときは一緒と誓った仲間のジョーを助けられなかった。そしてキャシャーンは、当初の設定通り戻れない。しかし、現時点では…との留保が視聴者の心を慰める。
今後の東博士の研究次第で、キャシャーンは鉄也に戻れるかもしれない。そうしたらルナは、アンドロ軍団との闘いがどれほど怖くて、でもキャシャーンと一緒にいられてどれほど幸福で心強かったかを語りながら、鉄也の胸のなかで思い切り甘えられるだろう。
1人生身の人間でありながら、鉄塊のアンドロ軍団と新造人間キャシャーンの間で繰り広げられる壮絶な戦闘を生き延びたルナには、そうした幸福な未来が相応しい。