日本の「ディープステート」とは、陰謀論的な「影の政府」といったものではなく、むしろ現役やOBを問わず、政府や地方行政に携わる行政担当者たちの習慣や前例主義の集合体として理解すると実情に合うかも。この現象は、個々の担当者が明確に意識しているかどうかを問わず、制度や政策、さらには行政機構全体の硬直性をもたらす一因となっている。
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行政担当者は「前例主義」という意識の集合体
日本の行政機構では、前例主義が極めて強固である。全ての業務において、行政担当者たちは過去の前例に基づいた「型」を守ることを重視する。例えば、新しい補助金制度や規制が導入される際にも、同じような目的を持つ過去の政策の枠組みを踏襲しがちである。この前例主義の集合体は、ひとりの担当者だけでなく、長年にわたり積み上げられた慣習が作り出した「集合意識」としての性格を帯びている。結果として、行政機構全体が一種の「ディープステート」として機能するようになる。
この現象には二つの特徴がある。第一に、個々の担当者が自らの裁量で大胆な変更を加えにくい環境がある。仮に担当者が改革を志しても、「これまでの慣行を覆すのはリスクが高い」という心理が働き、新しい取り組みが忌避される。第二に、組織全体としての調和が重視される結果、従来の方針を守ることが「安全な選択肢」として推奨される。
先輩後輩の強い紐帯
日本のディープステートを語るうえで特筆すべきなのは、行政機構内における先輩後輩の関係性が、この硬直した前例主義を支える強い紐帯となっている点である。役所の内部では、先輩が後輩に仕事の進め方を指導し、その指導が業務の「常識」として次世代へと受け継がれる。この関係性は、単なる人間関係にとどまらず、組織全体の文化や運営方針にも大きな影響を与える。
先輩は、自らが経験してきた業務遂行の習慣やキャリアパスを「正しい道」として後輩に示し、後輩もそれを暗黙の了解として受け入れる。この繰り返しが、組織全体での新しい発想や試みを阻む要因となる。そして、この紐帯は、現役時代のみならず退職後も続き、OBたちが現役職員に影響を与える構造が形成される。
業務遂行の習慣と天下りの利権化
ディープステートの根底には、「変化への抵抗」が存在する。行政担当者たちは、自らが慣れ親しんだ業務遂行の習慣を変更することに対して本能的な嫌悪感を抱きやすい。この姿勢は、新しい業務プロセスを導入する際の大きな障害となる。しかし、業務の進め方だけではなく、キャリアや生活設計にも強い前例主義が働いている。
特に、行政機構から外郭団体や民間企業への天下りは、ディープステートを支える重要な構成要素の一つである。戦後の日本では、膨大な数の天下りルートが構築され、固定化されてきた。これらのルートは、単なるキャリアパスとしてだけでなく、利権構造としても機能している。例えば、退職後に特定の外郭団体や民間企業に再就職し、その団体や企業が行政から受注する業務に従事する、あるいは数年後の退職時に退職金を受け取る、という形が挙げられる。
こうした天下りルートは、行政と外部組織との密接なつながりを生み出すが、それと同時に行政内部の改革を阻害する大きな要因となっている。担当者たちは、自らのキャリアプランや将来設計プランが既存の仕組みに依存しているため、その仕組みを変えようとはしない。結果として、改革を求める外部からの圧力に対しても、防御的な態度を取ることが多い。
ナッシュ均衡としてのディープステート
これらの行政手続きや天下りを中心とする利権構造は、自治体や国全体で見ると最適とは呼べないな形で均衡を保っている。この均衡は、ディープステートを構成する人々の心の中に、「現状こそが歴史を経て磨き抜かれた合理的な叡智である」とする一種の思考停止によって支えられていると推察される。この状態を、ゲーム理論の観点から「ナッシュ均衡」として捉えることができる。
ナッシュ均衡とは、全てのプレイヤーが現在の戦略を変えない限り、自分の状況を改善できない状態を指す。ディープステートの構成員たちは、業務遂行の慣習や天下り利権の枠組みを変えずにいる方が自らの利益を最大化できると考えており、それがこの均衡を維持している。均衡を崩すには、外部からの強力な干渉か、構成員たちの意識改革が必要だが、いずれも容易ではない。
現状の行政機構や外郭団体を維持し続けることは、ディープステートをより強固にすることに他ならない。仮にこの構造が行政内部の保身や既得権益の維持を目的としているのだとすれば、組織の中で国や自治体の経済を改善する提案を積極的に行った役人が、昇進や出世を果たせるような人事評価制度が必要となる。その評価基準は数年ごとに見直され、社会の変化や成果を適切に反映する柔軟性を持つべきだろう。
省庁改編のような抜本的な改革は、本質的な解決を目指す試みとして意義はあるが、過度にドラスティックな手法は役人たちの大反発を招き、結果として骨抜きにされるリスクが高い。むしろ、現場の意識を徐々に変化させるような持続的な改善の方が現実的であり、長期的な視点では効果的だと言える。