2020年上半期韓流ドラマ最大の話題作、梨泰院クラスについて『理屈コネ太郎』がコネて紹介する。
確かにこのドラマは凄かった。
本作は復讐劇と紹介される事が多く、このドラマの分かり易いテーマは確かに復讐だ。
主人公は復讐するために、自分自身が成長するために、敵（敢えて敵とここでは表現してしまう）からすら学ぼうとする。この敵からも学ぼうとする姿勢は賢者の特徴だ。（当サイト内バルタザール・グラシアンの頁を開く）
主人公の行動原理は、自分の信じる通りに生きる。そしてその代償も結果責任も全て引き受けるという単純なもの。それは父の教えでもある。
この行動原理は、高校生の頃には既に完成されていて、以降、ドラマ内では全くブレない。微塵も迷いを見せない。すごい男である。
この人生の早い段階で行動原理を完成させている点は、傑作長編漫画真鍋昌平著『闇金ウシジマくん』も同じ。（当サイト内該当頁を開く）
梨泰院クラスの主人公パクセロイは、自分が正しいと信じた行動をとった結果が、”中卒の前科者”との烙印を一生背負うことになっても怯まない。
その烙印を引き受けて、そのうえで最善の手法を選び邁進する。
刑務所内で「こんな場所に来たオレたちみたいな人間が勉強なんかしてなんになる」と後輩に罵られても、彼は勉強を辞めたりしない。
宿敵”長家の会長”の自伝を暗記するほど読み込み、自分の血肉に換えてしまう。
察するに、会計やファイナンス、法律も勉強したはずだ。
なかなか出来る事ではない。
そお、なかなか出来る事ではないから、周囲の人は彼の行動に心を打たれ、小さな怒りやプライドに拘って却って自分を見失っていたそれまでの自分の行動の愚かさに気付かされる。そしてそれまでの非生産的で愚かな生き方を変えようと決意する。
主人公は2年の服役と7年の遠洋漁船乗務を経て、自分の店を梨泰院に開業する。しかし、未成年に酒を振る舞った不注意が当局に露見して営業停止を食らってしまう。
こうした失敗や横槍は数多い。韓流ドラマあるあるかもしれない。
そうした挫折の度に彼はその代償を引き受ける。しかし彼はいつか自分の夢が叶うなどと子供じみた悠長な事は微塵も思っていない。自分に与えられた制限時間を認識していて、つねに残り時間を逆算して合理的に行動する現実家だ。
ところで主人公には、韓流ドラマお決まりの最愛の女性がいる。”運命の人”っぽい1番手女子だ。
そして主人公に恋するが定番の2番手女子もいる。
因みに1番手女子に恋する定番の2番手男子も、2番手女子に恋する3番手男子も出て来るが、ここでは触れない。
さて、ドラマ内で主人公のビジネスは成長する。
この2番手女子、ドラマの初期から主人公を好きになり、主人公の店で働くようになる。
そんなある日、主人公は2番手女子を連れてとある人物に会いに行く。その道中、彼女は主人公のそれまでの境遇を聞かされる。
彼女は主人公がこれまで歩いた道を全く知らなかったのだ。
主人公が高校を中退して２年間を塀の中で過ごし、出所後に遠洋漁業船に７年乗り込んで、そして梨泰院で店を開いた全ての経緯を知る事になる。
それによって、彼女にとって意味不明だった主人公のこれまでの行動や、彼の身体のあちこちに残る傷の意味を理解する。そして主人公にとって長家の会長がどのような存在なのかも。
彼の半生に共感した彼女はより一層主人公を愛してしまう。この人のために自分の持てる全てを捧げようって気持ちになる。
一方の主人公は、自分の好きな女性は１番手女子だと思い込んでいて、2番手女子を妹みたいなものだと思っているし、そう公言してもいる。
しかし、長い時間苦楽をともにするうち主人公も2番手女子をかけがえのない存在だと思うようになる。
その感情を主人公は、大切な大切な同僚で妹だからなのだと思っている。
実際に2番手女子が居なければ主人公が展開するビジネスは回らないのだから。
そんな時、主人公は暴漢に襲われて重傷を負い入院する。昏睡状態の夢の中で示唆的な夢を見る。
意識を取り戻したとき、2番手女子が拉致られて危険な状態であると知る。
助けに行こうとするが、そばで看病していた1番手女子に制止される。
制止されるが、彼は2番手女子が、制止する1番手女子よりも、そして自分の身体よりも大切な存在なのだと気付くのだ。
梨泰院クラスは、主人公の高い理念が魅力的なドラマだ。
冒頭述べたように、このドラマを”復讐劇”とする論評もあるが、主人公は復讐それ自体に没頭してはいない。”復讐”は彼の取る行動につけられた名称でしかないのだ。
自分の信じた道を、代償と結果責任を引き受けて淡々と歩き続ける。
これだと思う。
その高い理念に共感した仲間たちの変化と変化後の出処進退の見事さもまた魅力的である。
宿敵”長家の会長”は「気合いや根性は無意味だ」と言った。気合いと根性は短期的では無意味であるばかりか、自分を安売りする原因になる。
しかし、10年先、20年先を視野に入れた息の長ぉ～い長期的な気合いと根性が、人生を実り豊かにしてくれるのだと教えてくれたドラマである。
主人公が長家の会長に実質的に復讐を果たしたとき、彼はすでに復讐モードを卒業して、次のモードに向けて助走中だった。このドラマの神髄の１つは、このシーンに凝縮している。
長家の会長は主人公パク・セロイにとってある意味において師匠だった。その師匠を超えたとき、即ち復讐を遂げたとき、パク・セロイは既にもっと高いビジョンを追いかけて走り出していたのだ。
主人公パク・セロイが抱くスコープは遠く、レンジは広い。長家の会長への復讐は、彼の人生の一時期の出来事でしかないのだ。
優れた韓流ドラマには、非常に胸を打つ言葉のやり取りが多く散りばめられていて、観る者の心を鷲掴みにする。
信念を貫き通す男が、自分の師であり敵である”長家の会長”と激闘を繰り返して生き抜く、熱い男の物語。
それが梨泰院クラスである。
今回は以上。
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