「器が小さい」という言葉は、
日常会話やネット上で使われる機会が増えている表現である。
一見すると性格や度量を評価する言葉のように見えるが、
実際には強い侮蔑や拒絶を含む表現として受け取られることが多い。
本記事では、「器が小さい」という言葉が
なぜ人を傷つけやすいのか、
そして他人に向けて使うことが、
人間関係にどのような影響を与えるのかを整理する。
「器が小さい」という言葉が、とりわけ強烈な侮蔑として機能する理由は、その評価の構造にある。
この言葉は、発話者の主観に100%基づく評価でありながら、その原因や責任を、あたかも相手の内在的な欠陥であるかのように帰着させる。
つまり、「私は不快だった」「私は納得できなかった」という感情を、自分の内側の問題として引き取るのではなく、「あなたの器が小さいからだ」という形で、相手の属性に転嫁しているのである。
低学歴、禿、チビといった侮蔑的な表現には、是非は別として、学歴や身体的特徴といった外部的で客観的な参照点が存在する。
そのため、侮辱であることに変わりはないものの、少なくとも発話者と受け手のあいだには、共有されうる認識が成立し得る。
しかし「器が小さい」には、それがまったく存在しない。
評価の基準は発話者の内側にしかなく、どの行動や発言が問題だったのかも示されない。
反論も、検証も、修正も不可能であり、言われた側は防御の手段を完全に奪われる。
このように、主観に100%依拠した評価でありながら、その責任だけを相手に押しつけるという捩じれた構造こそが、「器が小さい」という言葉を、単なる悪口ではなく、人間関係を破壊する決定的なディスり言葉にしている。
Contents
「器が小さい」という言葉が与える印象
「器が小さい」と他人を責める人が最近増えている気がするが、それを相手に伝えてどんなメリットがあるのだろう?
『率コネ太郎』は不思議でならない。
「器が小さい」と言われて、「そうか、自分って器が小さいのか。よし、器を大きくしよう」と考える人は絶無だと思う。
「器が小さい」という言葉は、言われた人をひどく傷つける言葉だ。
「お前ってダメなヤツ」とほぼ同義の言葉だからだ。
発言者の問題ではなく、受け手のダメージが問題である
「器が小さい」と言う人こそが「器が小さい」との考えもよく耳にするが、「器が小さい」という発言の問題点はそこではないと思う。
言っている人の器の大小は、むしろどうでもよろしい。
『理屈コネ太郎』は幸いにして「器が小さい」と言われた事はないが、知らない誰かが別の誰かにその言葉を使用している場面に、何度か遭遇した事がある。
なんて酷い、人を傷つける言葉なのだろうと思ったのだ。
よくこんな酷い事を言えるなあ、と素朴に感じた。
個人的体験から見える共通構造
『理屈コネ太郎』はいわゆる3流大学出身なので、これまで2回ほど、別々の2人の上司から、新任挨拶の際に
「君ィ、あの大学出身なのお? じゃあ、お話にならないねえ」
と直接言われた事がある。もちろん対面でだ。
人の大学をバカにするくらいだから、こいつらも3流大学出かというと、そんな事はない。
彼らは日本で最高と呼ばれる大学の出身者であった。
侮蔑の言葉が人間関係にもたらす結果
もういちど繰り返すが、「あなたは器が小さい」という発言の問題点は、発言者の器も小さいという点ではない。
言われた人がとても傷つくという点が問題なのだ。
そして、言われた人がどれだけ言った人に嫌悪感を抱くかを、言った人が想像していない事だ。
私の2人の上司(時期は別々だが)が私に投げかけた言葉の問題点は、言われた私が嫌な思いをし、その結果として、彼らにどれだけ嫌悪感を抱くかを考えていない事だ。
確かに彼らは本邦最高と呼ばれる大学出身者だから、彼らより少ない勉強量の私を頼りなく思うのは、彼らの自由だ。
彼らの中でそれがその通りなら、それはそれで良いのだ。
だが、その考えを私に直接、言葉で伝えるのは、少なくとも当時の彼らと私の人間関係の上では、生産的行為ではない。
「器が小さい」という言葉の位置づけ
さて、ハナシを「あなたの器は小さい」に戻そう。
この発言は、そうとう良好な人間関係を持った相手に、相手が冗談と理解できる場合以外は、言わない方が賢明だ。
「あなたの器が小さい」とは、人格や属性を否定する言葉と同一線上に位置する言葉である。
バカ、お里が知れる、ブス、チビ、デブ、ハゲ、低学歴、貧乏人、給料が安い、田舎モン、君の恋人はブサイク――
そうした言葉と同一線上に位置する表現だ。
この言葉を使うことで得られるものは何もない
これらの言葉を相手にぶつけて、得られるモノはなにもない。
むしろ嫌悪感を持たれ、場合によっては背中を向けられ、一切の協力を得られなくなるだろう。
「あなたは器が小さい」という表現は、最近でてきた言葉で、相手を侮辱する言葉であると自覚せずに使っている人を見かけるが、この表現は、言った方がかならず損をする表現である。
なぜなら、言われた方が言った方に協力したくなくなるからだ。
そこは、上に列挙した侮蔑の言葉と同じである。
これらの言葉を対面で相手に伝えて、何か得られるモノがあるだろうか?
発言者に何かメリットがあるだろうか?
傷つけられた人が、傷つけた人のためにボランティアで何かをしてあげるだろうか?
結論:「器が小さい」は決別の言葉である
よって、「あなたの器は小さい」は、決別の言葉と理解した方がいい。
もし他の誰かに「器が小さい」と言われたら、その人との関係は、上手に、かつ速やかに断ち切るべきかもしれない。
何を思おうが、心の中は自由だ。
誰かを器の小さい人物だと評価するのは、一向にかまわない。
しかし、一度でもその言葉を相手に向けて発したなら、あなたはその人物から、何も得られないと考えた方がいい。
逆に言えば、良好な人間関係、素敵な恋愛関係、信頼しあえる業務関係――
そういう大切な人間関係を得ようと思う相手には、侮蔑の言葉は絶対に言わない方がいい。
いかなる便宜も、友情も、人間的信頼も、なにも得られない。
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